(劇)ヤリナゲ、マームとジプシー、ナカゴー、小沢健二、それ以外のこと

しばらく書いていなかった。ダヤニータ・シンの写真展、駒場公園で花火、坂元裕二是枝裕和トークイベント、アート・リンゼイジム・オルークの来日公演、山田由梨とトミヤマユキコのトークイベント、フジロックなどがあった。演劇は青年団『さよならだけが人生か』、玉田企画『今が、オールタイムベスト』、虚仮華紙×劇団森『ドキュメンタリー』、鳥公園『「すがれる」20122017』、ゲッコーパレード『アラビアン・ナイト』、ヌトミック『何事もチューン』、(劇)ヤリナゲ『預言者Q太郎の一生』、マームとジプシー『あっこのはなし』、赤堀雅秋作・演出『鳥の名前』、新聞家『白む』、ナカゴー『ていで』、マームとジプシー『夜、さよなら/夜が明けないまま、朝/Kと真夜中のほとりで』を見に行った。DVDで青年団『火宅か修羅か』を見て、YouTubeで5月に見た範宙遊泳の『タイムライン』をもう一度見て感動した。

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(二本立ての公演。一つ目の『宇宙冒険記6D』が終わってから43:39頃に三分間のカウントダウンが始まり、その後に始まるのが『タイムライン』)

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最近見た映画では想田和弘『演劇1』、ジャン=リュック・ゴダール『女は女である』、堀禎一夏の娘たち ひめごと』、ルネ・クレール『幕間』が良かった。


 (劇)ヤリナゲは初めて見る劇団で、フライヤーのデザインが気に入ったのとサークルの先輩二人が見に行っていたのもあって、時間があったので見ることにした。さいわい当日券もとれた(演劇で当日券がとれなかったことがない)。会場はこまばアゴラ劇場駒場東大前の街がほんとうに好きだ。駅の東口を出て劇場まで向かうときに最初に歩く線路沿いの一本道とか、そこから右手に階段を降りていって学生街に入り、劇場までにあるカレー屋とか美容室とか、劇場をすぎたところにある高架下の雰囲気とか、坂が多いところとか。駒場東大前には何度行っても感動するので、できることならすべての演劇がアゴラ劇場でやってくれたらいいのにとすら思うこともある。この日、(いつもの様に)開演を待って席に一人で座っていると、「お隣いいですか?」と声を掛けてきた同い年かそれより下に見える女の子がいた。別に隣に荷物は置いていなかったし、演劇を見ていて今まで隣に座っていいか尋ねられることなどなかった(多くの場合が自由席だし)ので少しびっくりした。断る理由など特にないので承諾する。よく見るとその女の子はかなり可愛くて、しかも服が微妙なラインのダサさなのが良かった。上演中、誰よりも大きい声で笑っていたのがさらに良い。顔が可愛くて小劇場の演劇を一人で見に行くような女の子ってすごすぎる。終演後に受付で上演台本を買って外に出ようとすると、向こうから件の女の子が歩いてきて目があい、かなりドキドキした。現実は映画でも小説でもないので、その女の子と何かあるというようなことは一切なく、女の子は裏から出てきた俳優たちに話しかけに行くところだった。演劇関係者なのだろうか。僕はなんだか気持ちが落ち着かず、駒場東大前からの帰りの電車を池ノ上で降り、下北沢まで一駅分歩いた。夏の始まり、あるいは終わりみたいな日だった。


マームとジプシー『夜、さよなら/夜が明けないまま、朝/Kと真夜中のほとりで』は本当に傑作だった。今回の埼玉芸術劇場での公演はこれと『あっこのはなし』しか見られなかったのだが、マームとジプシーはこんなに良かったのか。マームは数えるほどしか見たことがなく、良いとは思うけれどなんとなくお洒落なのが鼻につく部分もあった。(作家と作品は切り離して考えるべきかもしれないが)藤田貴大のエッセイ『おんなのこはもりのなか』を読んで、藤田貴大の人間性が少し嫌になり、ともすればマーム自体を嫌いになりかけた(大袈裟かもしれないが)。しかし、夜三部作を一本に編集した今回の上演でそんな考えは吹き飛んだ。音楽がまず良い。僕が分かったのは湖へ続く道のシーンから流れて、その後の駅のシーンでボーカルが入ってきたmúmの「Green Glass of Tunnel」だけだったのだが(ボーカルの入ってきた瞬間に涙が出そうになった)、他にはAphex TwinBoards of Canadaも使われていたようだ。

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天井からの照明が照らす箇所が横に移動していくことで表される電車の走行とか、舞台左奥に置かれた小さなテレビの画面に映された電車の車窓から流れる草原の風景とか、終盤の照明によって豊かに表現された湖の水のたゆたう様子だとか、それら細部によって補強された物語は、その全貌を100%理解することはできないながらも(僕の頭が悪いだけかもしれないが)あまりにも美しくて悲しい。いなくなってしまった「K」への「あの頃私たちはセーラー服を着てたんだっけか?」という問いかけは個人的に白眉の台詞(全く文脈は違うけれど、このシーンで売野機子売野機子のハート・ビート』収録の「イントロダクション」における

20年前は…セーラー服だったね

という台詞を思い出した)。


ナカゴー『ていで』のタイトルは「〜の、体(てい)で」という意味で、作中には幾度にも渡ってこの言葉が登場することになる。地毛の「ていで」カツラをかぶ一級建築士の話、レバニラ炒めを作れる「ていで」厨房に立つ、船に乗った「ていで」自転車に乗ると怪我をする、ナンパした女性は由美かおるだ!という「ていで」話す、等々。あるいは「ていで」という言葉にはならずとも、「ていで」というモチーフ、つまり「何かを演じる」・「何かのふりをする」というモチーフは他にも数多くあらわれる。まずは冒頭、勘八の元カノ(幽霊)が観客に対してあらすじを語り始める。舞台上には勘八も座っているのだが、彼は元カノの話に耳を傾けたり元カノの方を見たりする様子を見せない。元カノは、勘八は自分のことや声が見えない・聞こえないふりをしているだけだと言う。勘八はそういう「ていで」いるということなのだ。その後出てくるのは、多恵という人間のふりをしているハクビシン、化粧品によって30代のように若々しく見えているが実は80歳の女将 一月、100円玉を耳にはめて死んだ勘八の父の真似で話し始める恒彦など、最初に提示された「ていで」を丁寧に守った人物たちだ。歩実の浮気相手であるロジャーは、物語のレベルで見れば何のふりもしていないが、ロジャーという外国人男性役を演じるのは明らかに女性でかつ日本人にしか見えない土田有未であり、メタ的なレベルで「ていで」を実行している。冒頭で幽霊が観客にこれからこういうことが起こりますとあらすじを語ること(観客に話しかける幽霊は、チェルフィッチュ『部屋に流れる時間の旅』を思い出させる)、いかにも演技くさい多恵の話し方や、どこかで見たことのあるようなステロタイプな表現(何かが起こったあとワンテンポあいたのちその場にいる全員が笑いだす、勘八が恒彦を羽交い締めにして頭を拳骨でぐりぐりする等)、恒彦がめくって登場する舞台後ろにある暗幕など、作品を構成する諸要素で本作『ていで』は「演劇」というリアルの「てい」で作られたフィクションであるということが執拗に明示される。客入りの段階では舞台上で役者が二人ずつ交代で登場して劇中に出てくる台詞の断片を披露していたのだが、これも同様の機能を果たす。恒彦が自分の嘘(自分の浮気相手は由美かおるだということ)を他の人物に一向に信じてもらえずに叫んだ

映画かこれは?主人公の話を誰も信じない!

という台詞は、極めて『ていで』という作品への自己言及的だ(「映画か?これは」つまり、「フィクションか?」という意味において)。しかし以上のような小難しいことは全くどうでもよく、ただ演劇そのものを皮肉った面白おかしいお話です。それにしても田端菜々子という女優はちょっと可愛すぎる。


フジロックには人生で初めて行った。2日目、3日目に行ったのだが、2日目はほとんどずっと雨が降りっぱなしで僕の持参したペラペラのレインコートでは全く太刀打ちできなかった。気温も低くかなり辛かったが、小沢健二のライブを見られたので満足。小沢健二のライブを見るのは去年の「魔法的」ツアー以来二度目で、前回と同じように今回も号泣してしまった。前回は泣いてしまったけどさすがに今回はもう泣きはしないだろうな、と泣く2秒前まで思っていたが、いきなり「今夜はブギー・バック」だったのだから泣くに決まっている。何度も聞いてカラオケでも歌ったあの曲が目の前で演奏されている(しかもスチャダラパーもいる!)のだ。その後、「流動体について」の最初のストリングスが4回繰り返され、そのまま「流動体について」がはじまるのかと思いきや披露されたのは「ぼくらが旅に出る理由」。ミュージックステーションに出た際に「流動体について」と共に歌われた曲だ。

www.youtube.com『超LIFE』でホーンのように上下に動くアレンジを指定されたとアレンジャーの服部隆之が語っていたストリングスの旋律が、音源に忠実に音源と同じように鳴っているということだけで感動。スクリーンに表示された

美しい星におとずれた夕暮れ時の瞬間 せつなくてせつなくて胸が痛むほど

という歌詞を直視してその意味を反芻しながらまた感動。その後も名曲が続いた(評判の良い「飛行する君と僕のために」はあまり好きになれないのだが)。「愛し愛されて生きるのさ」の、

ナーンにも見えない夜空仰向けで見てた そっと手をのばせば僕らは手をつなげたさ けどそんな時はすぎて大人になりずいぶん経つ

の部分の歌詞を

月が輝く夜空が待ってる夕べさ 突然ほんのちょっと誰かに会いたくなるのさ そんな言い訳を用意して君の住む部屋へと急ぐ

の部分と順番を入れ替えて後に持ってきて、その部分をギターと観客のシンガロングだけにするというアレンジは天才。「ナーン」がカタカナなのも、「そっと手をのばせば僕らは手をつなげたさ」という過去の振り返りの仕方も、「ずいぶん」という表現も、この部分のすべてが好きなのだ。

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その日の夜には2ステージ目として弾き語りのライブがあったのだが、寒さと疲労、それと会場からレンタカーを停めていた駐車場へのシャトルバスの最終便の時間もあって、途中で抜けてしまった。抜けた後に大好きな「天気読み」をやったらしく、悔しい。3日目はReal Estateを寝過ごして見られなかったのが心残り。


ビッグコミックスペリオール浅野いにお『零落』の連載が終わってしまったのが残念。『零落』と押見修造『血の轍』という二大新作によってスペリオールはあまりにも強い雑誌になってしまったと思っていたのだが。3月に旅行したタイの空港で数時間暇になりKindleに『零落』の第一話をダウンロードして空港のスターバックスで読んだのが懐かしい。