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三浦直之×佐々木敦 ニッポンの演劇#8 「『あなたと』と構築する世界の物語——ロロと演劇の魔法」メモ

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演劇をはじめたきっかけ

宮城県サブカルチャーを享受していた

ほんとうは映画を勉強したかった

日芸の映画落ちたから演劇科に

 大学進学が決まったあとユリイカスタジオボイスの演劇特集のバックナンバーを読み込んだ

制作のやり方がわからなかった一番最初に庭劇団ペニノの制作の手伝いをしにいった

 亀島一徳 もともと演出コース

三浦君制作でなんかやろうよっていって劇場も仮押さえの段階で三浦失踪

保坂和志 『途方に暮れて、人生論』読んで元気に、東京に帰る

帰ってきて書いたものがロロの旗揚げ『家族のこと、その他のたくさんのこと』

 佐々木 話変わるけど小島ケータニーラブというSSWも失踪してる。失踪から帰ってきたあとANIMAというバンドを始めた。こういうことって意外に頻繁に起きてるのかな

 三浦君と亀島君との絆、からロロが生まれたのかな

 力をつけたいから旗揚げしてから一年間は月一で公演ををやってくことにした

 第2期批評家養成ギブスに三浦が来てた

 上京して、トークイベントというものに憧れてた 最初に見たのが佐々木敦本谷有希子のトークイベント

 旗揚げくらいの時期、失恋もあった

『LOVE』とか『ボーイ・ミーツ・ガール』みたいなものは失恋がいしずえに

 →佐々木 失恋を癒やすためだけならもっとただの純愛路線とかになってもいいようなものなのに、そうはならない ロロの場合は変なことになる それは意識してる部分とそうなっちゃうということと両方あると思うんだけどどう?

三浦 自分だけのことじゃないぞというのをむりやりつくりたかった、演劇でやる理由あるんじゃないかなという話を

 舞城王太郎古川日出男が作家の中で三浦にとって大きい二人

 マキューアン『贖罪』物語って素晴らしい、物語に携わりたい

 高校の時携帯小説みたいなものは書いてた

洗濯機でデータ消えた

佐々木 山下澄人iPhoneで小説書いてるね

 映画大林宣彦が大きい。リメイク版の転校生が好き。黒沢清に影響受けて一時期蓮實重彦の本を読んだりした。あとはカラックスとか?

 いろんな、本・映画・音楽とかのコラージュを意識的にやってるのか?ほんとに何でも書いて良いよといわれたらずっと『LOVE』みたいなものを書いてしまう。だから外側のフレームが必要で、それにまつわる本や映画を見ていって戯曲を書く

 ロロはめちゃめちゃアテ書き。

 『朝日を抱きしめてトゥナイト』、本番前日でも書き上がってなかった メンバーとカラオケ朝まで行って、幕あくまでに書き上げた

 徳永京子 『官能教育』シリーズ

に関しては自分でも出演した舞台上で虐げられたいという欲望?

佐々木 稽古場でも虐げられてんじゃん!

 母親が見に来た 母親に面と向かっておれは童貞だよと伝えられたのは大きかった

 ダイアローグの筋肉をつけたいいつ高

サンプルの『蒲団と達磨』に出たとき、ひとつの場所が決められていて、その外側を連想させる作風って連作になりそうだよなとおもった 漫画の連作短編のような

高校演劇の審査員 ストレートな青春ものをやりたい

もともと1,2,4のプロットが決まっていて、いつ自体が盛り上がってきたから間隔空かない方が良いと思って3を2016年の年内にやろうと新規に考えた

10くらいまでやりたい

 いつ高はあまりアテ書きしてない、シューマイはアテ書きの部分が多いが

 1時間という時間は、ひとつ何かパンチラインが、強いサビがあればもつ

何もなくても1時間ってもつ、高校演劇でよく描かれるような「葛藤」とかなくても 1時間ってもっと色んなことができるよっていうのをいつ高でやりたかった

 佐々木 いつ高、これこそ現代口語演劇 平田オリザの言った現代口語演劇にすごく則っている 劇の中で流れる時間と観客の時間が一致している

時間と空間が固定されているのは、中のストーリーというのも重要だけど、その固定によって外の世界を想像させるというのが重要だというのが平田オリザが言っていることだと思う

 60分に限定された演劇なら、普通、演者が一旦舞台から出てまた戻ってきた場合、その外への「距離」というのはある程度限定されている

いつ高の場合スマホや電話、映像を使って「距離」を伸ばしている

その伸ばし方がネット以後の伸ばし方  今の「距離」の離れ方

 三浦 昨年1月に初めて海外旅行 一週間NYに行ったがホームシックになりホテルに引きこもってストリートビューで日本の自宅の付近やアゴラ劇場などを見ていた その時の感覚がいつ高を作るときにずっと残っている

旅行中、公園で本を読んでいるとき鳩がいた 鳩は日本にもいる 鳩は同じだ!その瞬間涙が止まらなくなった

読んでいたミランダ・ジュライの写真集にも鳩が出ていた気がする

そのままフーターズに入るとエッチなお姉さんにミランダ・ジュライだ!と言われたのと、人に煙草くれと言われたのが唯一のコミュニケーション

 三浦一番感動するのは、小説とか物語が立ち上がった瞬間

空間が動いた、演者が喋った というところが作りたいからロロの本公演はまたいつ高と少し違うのかなと思う

 いつ高、ずっと続けていくし1時間だし、終わらせなくていいや、伏線としていつか回収すればいいや、という気持ちになれたのが、書けるようになった理由かもしれない

 佐々木 三浦自身は男子校だったからいつ高で描かれているものはそもそもファンタジーのようなものだけど、それを描くことに喜びを見いだしているの?

三浦 高校という場所自体がもっている物語がすごく多い

『ハンサムな大悟』や『あなたが~』のとき、三浦君って場所がないよねと言われた

いつ高に関しては高校という場所を設定した時点でお客さんがすでにそこに物語を見いだす

学生時代は帯に青春と書かれていたら取りあえず買って読むみたいな感じで、フィクションとしての青春を味わっていた おれはこの青春を生きていないけどきっとどこかにこういう青春が存在しているんだ!と嬉しかった

→それはどういう感覚

イリヤの空UFOの夏』の最初の出会いのシーンのようなことが現実に存在してくれ!と思った

 佐々木 高校時代、中高を描いているものは絶対読みたくなかった 身につまされる可能性があるものは見たくなかった フィクションでまで自分の現実に近いけど明らかに自分とは違う現実を見たくなかった、(三浦の場合)それと真逆だ ライトノベルを読んでいる人たちはもしかしたら三浦のような感覚で読んでいるのかもしれない 自分の世界にそっくりだけど自分がそこにいないという物語を見たいという感覚

 三浦 金城一紀レヴォリューションNo.3』とかすごく好きだった

佐々木 三浦の場合、フィクションが現実を再解釈するために使われているよね

 佐々木 岸田戯曲賞の少なくとも候補に『あなたが~』が残らないわけがないと思っていた ハイバイの『て』が候補にならなかったのも意外だった イキウメの『太陽』も 芥川賞のように選考理由が開示されていない

 ロロ、9月の本公演の新作は、前回が歩くと言うことだったので走るということに 音楽を使う 音や歌が背景を立ち上げる作品になったらいいな タイトルは『BGM』

 東京に出てくる前 地元宮城県でも音楽とか映画とか漫画とかは摂取できた でも、そういう趣味の友達と話すとき、演劇については「野田秀樹」と言ってもピンとこないレベルだった そういうところを繋ぐようになりたい

 パルテノン多摩の話

佐々木 ロロはラッパーが増えたな 森本さん、もしかしたら東葛スポーツで一番ラップ上手いのでは

 ライバルは範宙遊泳の山本卓卓